妻曰く

プロジェクトマネージャーの妻による育児対応を巡る夫の記録

首すわり問題で考えた コツをつかむプロセス

3ヶ月検診で指摘

「ちょっと首すわりがしっかりしていませんね」。息子は地元の保健所での3ヶ月検診の時、担当した医師にこう指摘された。うつ伏せ状態から頭を持ち上げられるかというチェックをしたときにうまくできなかったのだ。

f:id:tnkdad:20190420011001p:plain首すわりには赤ちゃんによって個人差があると聞いていた。だが、お医者さんがいかにも「これは問題だ」といった様子で言うので、妻もどう返していいのかわからなかったそうだ。妻曰く「一番ギョッとしたのはその次のやりとりだった」。まずその医師は「母子手帳には書きません」と言ってきた。理由がよく理解できなかった妻は「それはどういう理由なのですか」と質問した。それに対し医師は「それを理由に入園を断る保育園や幼稚園、小学校があると聞いたことがありますからね」と説明したのだ

そういうことが実際にあるのか、真偽のほどは定かではない。妻は問題を早期にみつけて対処するということ自体は大切だと考えている。でも「3か月検診の首すわりについてどう書かれているかがずっとついてまわって、ある種の排除につながる発想ってどうなのだろう」と考えたそうだ。医師はおそらく息子の将来、あるいは我が家に配慮してくれたつもりなのだろう。しかしあまりに当然のことのように話すので違和感があった。

姿勢の問題だった

そもそも3か月の首すわりの有無が発達にとって決定的な問題になるということも聞いたことがない。疑問が残った妻は出産した病院で小児科医に息子を診てもらったときに一連のことを話して、見解を聞いたのだ。

思わぬ展開になった。

話を聞いてくれた医師はまず、息子が3か月検診の時にどういう姿勢で首すわりチェックをしたのか確認してきた。妻が具体的に説明すると、医師は笑って「腕を開いていたら頭があがるわけないですよ。大人もそうでしょう」と言う。そして続けて「おそらく首はすわっているよ」と話すと、息子に「もう少しおててを内側にしてみよう。こうだよ」と教え始めた。息子は何度か教えられた通りにポーズをとると、自らコツをつかんだのか、うつぶせ状態から頭を持ち上げられるようになったのだ。

息子が3カ月検診で頭を持ち上げられなかったのは、つまるところ姿勢の問題だったのだ。よくよく人間の骨格を考えたら当然のことではある。そして検診は発達をひとつの側面から確認する意味合いはあるが、姿勢というコツを身につけているかどうかで違う結果がでるものだったとも言えるわけだ。ますますもってそれで入園、入学を判断するって話がでてくるのはどうなのだろうと思わずにはいられなかった。

自ら体験して検証

この問題はいろいろな示唆を与えてくれた。帰宅した妻は実際に自らうつ伏せから頭を持ち上げる動作を試してみたという。「確かにお医者さんの言う通り、腕を広げていたら頭をあげるのは難しいのが身をもってわかった」そうだ。

妻は「ユーザーエクスペリエンスに対する検証が不十分だったのかも」という言い方もしていた。例えばウェブサイトを構築したとき、実際にユーザーとして使ってみて検証する手法を用いることがよくあるそうだ。妻曰く「頭で考えるだけだなく、体験することで問題に気付くことも多い」という。結果論ではあるが、息子の首すわり問題も自ら体験して確かめてみる視点で考えたら見えた側面があるのかもしれない。「ひとつ学びを得た」と振り返っていた。

要素にわけて考える視点

もうひとつ考えたのは、結果だけでなく、要素にわけてみる視点が課題解決には必要だということだ。息子の首すわり問題では、3ヶ月検診のは時には「頭が持ち上がらなかった」という結果に気を取られて、親としても「姿勢」という要素をみる視点がなかった。妻も「要素を分解して、それぞれ何が必要かという視点が大事だ」と考える。

これは新しいことを身に着ける過程でも大切だろう。自分の経験を振り返っても、例えば逆上がりができなかったとき、一つ一つの動作を確認しながら教えられたらできるようになった記憶がある。これはバットの持ち方にしても、レポートの書き方にしても、言えるはずだ。

息子は寝返りやおすわりをするようになり、これからおそらくつかまり立ちしたり、歩くようになったりすると見込まれる。その先にはもっと複雑なことを身に着けるだろうし、時として壁にぶつかったりするだろう。もちろん全てできるようになるわけじゃないだろう。

これらは親が代わることはできない。でもコツをつかむ上で要素にわけて説明する視点を持つことは一緒に取り組めるかもしれない。

息子の首すわり問題はいろいろなことを考える機会になった。